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大学人:インテリ集団の虚像・実像


プロローグ

一昔前までは、大学は社会から隔離された全く閉ざされた得体の知れない世界と考えられていました。当時は大学の数も少なく、受験生は家業を継ぐための資格を得るとか、勉強好きで先生に勧められた高校生など、限られた人々が進学していました。しかし、最近の文部科学省学校基本調査によると、高校卒業者の大学進学率は戦後上昇を続けており、1989年には、進学率が24.7%だったのが、2009年には50.2%に増加しています。つまり、20年間で進学率が約2倍に増えたことになります。

一方、これらの高校卒業生を受け入れる大学側の教員の質はどうでしょうか。大方の大学教授は、一般の市民と同様の常識人ですが、教員の中には並外れてなんとも奇妙な人々がいます。また、大学教授というと、昔は社会的地位が高く、高給というイメージでしたが、今やその神話は崩れ始めています。

私が大学の教員になったのは1966年です。これまで約半世紀にわたる交流の中で全国に多くの友人、知人を得ることが出来ました。それは、私の専門の薬学のみならず、医学部、理学部、経済学部、法学部など理系、文系の大学教員とも学内、学外で交流ができました。さらに、定年も近くなった1995年に、ひょっとしたことから、国際学会の運営に関わる事になりました。この学術団体の会員は約2万人おり世界50カ国で活動しています。この仕事に関係してから、海外の研究者、大学関係者との交流が急に増えて、国際会議や海外の大学を訪問する機会が増えました。これにより、国が変わると考え方や生き方が驚く程違うことを経験しました。

本シリーズでは教育現場がいかに混沌として生臭いところかを私の個人的な立場から述べます。また、その中で大学教員の立ち位置や、学生との微妙な関わり方、また、海外でこれまで体験した奇々怪々な多くの出来事をまとめました。

第1話 昔の教授・今の教授

「大学教授」という響きは何となくかっこよく聞こえます。しかし必ずしも大学人が世の中の常識人だとは限りません。夏目漱石の「我が輩は猫である」の五にこんな一節があります。

『せんだってじゅうから日本は露西亜(ロシア)と大戦争をしているそうだ。 吾輩は日本の猫だから無論日本贔屓(ヒイキ)である。出来得べくんば混成猫旅団(コンセイネコリョダン)を組織して露西亜兵を引っ掻 (カ)いてやりたいと思うくらいである…..』。

この話はどうやら漱石本人の言葉で、彼は日露戦争が起こった事をよく知らなかったらしい。この小説が出版されたのは、日露戦争勃発と同じ年、明治38年です。当時漱石は東京帝国大学の文学部講師として教鞭をとっていましたが、授業の評判が悪く神経衰弱になったとの事です。その後東京帝大を辞職して朝日新聞社に入社しました。その頃東京帝大の教員を辞めて民間企業に転職するのは極めて希有なことでした。彼はこれを機にプロの物書きになり、新聞に小説を連載し好評を博した。

明治、大正時代には優秀な男子は「末は博士か大臣か」と言われ、帝国大学教授になるか大臣になるかの期待がかけられました。その頃の教授の権威は、今とは比べ物にならないくらい凄いものでした。ちなみに帝大教授の辞令は大臣並みだったのです。明治から昭和の初めにかけての東京帝大の教授の中には、毎日人力車で大学に通勤する人が少なくなかった。今と違って、自家用車など極めて限られた富裕層だけの持ち物だった時に、人力車は当時の大学教授の権威を象徴していた。しかし、外見と違って教授の中には怪しい紳士もいた。ある医学部教授などは、フロック・コートを着て、ステッキを離さず、外見は立派な英国紳士だった。

しかし、酒が入ると道路端でも所かまわず放尿する癖があり、周囲の学生や研究室の人々が手を焼いたという逸話があります。この様に並外れた常識の教授もいましたが、彼らは日本の学問の発展に尽くし、外国並みに日本の研究、教育を仕上げた功績は高く評価されています。

大学の教員は教職なので品格が求められると言われますが、品格って何でしょうか。それは、必ずしも社会的に高い地位にあったり、テレビに多く出る教授を示すものではありません。皆さんは、大学教授は聖職なので高潔な紳士淑女の集団と思われるかもしれませんが、実像はどこでも見かけるおじさん、おばさんと変わりません。中には、社会人として不適格ではないかとさえ思われる「ひねくれ者」も少なくないのです。「専門馬鹿」といわれるのはそのせいかも知れません。しかしこれは一昔前の話です。現在は大多数の教授は極めて常識人です。教授になるには、特定の学部を除いて中学や高校の様な教員免許、国家資格は必要ありません。研究能力とそれを証明する研究論文があれば、教授会の決定で決まります。多少性格がひねくれていても、常識に疎くてもそれにより教授の選考の時に減点されることは少ないです。

 これまでも非常識な教授の行動として報道されているいろいろな事例が知られています。例えば、卒業補修授業の費用として「数十万から数百万円かかる」といって、学生の親に金を要求し、逮捕された教授がいました。また、大学入試問題や医師国家試験問題を漏らす教授は今でも全国で後を絶ちません。

大学教授の中で医学部は特殊な世界です。昔に比べたら大分民主化されたとはいうものの、今でも臨床医学分野では、教授は厳然として絶対の権限を持っています。助手(今は助教という)が教授に逆らったら、本人の気がつかないうちに外堀が埋められて、ある日突然教授室に呼び出されて、「○○病院で君と同じ専門の医者を探しているので行かないかね」といわれます。これは正に退職勧告です。これに逆らって居残っても本人にとっては何のメリットもありません。大学病院では、内科の様な大きい診療科は100人以上の医師を抱えています。昔は臨床経験の豊富な医師が教授になるのが通例でした。

しかし、最近は動物実験の研究であっても、世界的に有名な医学誌に論文が掲載された人が教授選考で有利なことがあります。一度選ばれた教授、中でも臨床の教授は絶大な権限を持ちます。どんな場合でも助手は黙々と教授の指示に従うのがこの世界の常識です。こんな場合、この助手が頭を下げる相手は教授ではなく、教授のいすです。大学教授はまさに品格を求められています。

第2話 医学部教授の椅子

インターネットで「教授のいす」を調べたら、「スエーデン製の椅子は、安くて丈夫で長持ちする」との記事があった。私はここで椅子を買いたいのではないのです。1966年頃、テレビドラマで最も高い視聴率をとったのが山崎豊子原作の「白い巨塔」です。そのあらましはこうです。「岡山の貧農の出ながら、旧帝大の浪速大学医学部を卒業し、財前産婦人科の婿養子となる。義父の財力と権謀術策をもって教授の座を掴むが、誤診裁判に巻き込まれ、さらに自ら病に倒れる」。医学部外科教室の次期教授の椅子をめぐる殺伐たる攻防戦です。そしてついに財前教授が誕生した。彼は多くの候補者を財力にものをいわせて勝利したのです。

 これは必ずしもフィクションではありません。今でも臨床系の医学部教授の選考は財前教授の誕生に近い場面が展開されることが少なくありません。医局員はピラミッドの頂点に立った教授の一言に逆らうことはできないのです。医局とは大学医学部の附属病院での診療科ごとの人事組織のことです。勿論、優れた業績と人格で選ばれる教授も多いのは事実です。しかし、選ばれる筈のない候補者が、何らかの力で選ばれるのも事実です。そんな理不尽な場合でも、医局員はひたすら我慢して教授の椅子に頭を下げるのです。

ある金曜日の午後K先生が教授室に呼ばれた。「キミ、悪いけど来週の月曜日に6年生に講義をしてくれないか」。K先生の一日は予定で埋まっています。午前中は外来診療、10分程で昼食をとって午後は手術、手術の合間を縫って病棟患者さんの診察。夜は症例検討会に出て、深夜に学会発表のための実験をしなくちゃいけない。しかし、教授に頼まれたら断ることは出来ません。「承知しました」以外の選択の余地はないのです。土曜日に子供が楽しみにしていたディズニーランド行きの約束もキャンセルして講義の準備に当てた。それが医学部教員の宿命です。

医学部の場合、中でも患者と接する臨床医学系では、准教授と講師は年齢も近く研究業績も大差がない場合が多い。したがって、彼らの教授が定年になって後任教授を選ぶときには、准教授、講師の両方が立候補することが多いです。選挙の結果、講師が次期教授に当選したら、准教授は関連病院へ出るか他の道を考えざるを得ません。

これは、官僚の天下りの構図と同じです。官僚の場合、何十人の同年代の中から事務次官になるのはただ一人だけです。出世競争に敗北した同僚はこれまでは天下りの道をまっしぐらでした。臨床医学の場合、教授と意見が対立し教授の椅子に頭を下げることが出来ない医局員は、自分から身を引くことになります。

医局制度は日本特有の制度で、欧米化という流れに逆らった因襲的なものです。「旧弊である」ということが医局制度の最も大きな罪であるかのような印象を受けます。しかし、医学部の医師の中には、「医局は必要悪で必ずしも悪い面だけではない」と言う人もいます。

理由はこうです。大学病院は自分の医局の医師を非常勤または常勤で勤務させる関連病院をもっています。医局制度のメリットは、その関連病院に就職する場合、自分で交渉する必要がなく医局が探してくれます。もし医局制度がなければ、医師が個人で個々の病院と雇用契約を結ばなければならなりません。自分のアピール、賃金条件などの交渉などに費やされる金銭的/時間的コストは莫迦にならず、そう言う意味では「お任せ」の医局人事の方が結局は医師本人にとっても楽なのです。患者側から見た場合、どこかの大学の関連病院にかかっている患者が、懇意な医師が交代して新人がきて不都合なことを経験します。これは、医局の都合による人事異動です。しかし、医師が交代しても、同じ医局の医師は患者の治療については同じ方法の教育を受けているので、突然治療方針が変わることはないので患者は安心です。

第3話 タレント教授の裏側

最近はテレビの出演者の中に大学教授の肩書きがやたら増えました。それまで評論家、役人、代議士だった人が、大学に引き抜かれて教授になります。私はこれらの人々が教授になることについて異論がある訳ではありません。社会のどろどろした現場の経験を持つこれらの人は、従来の大学教授よりは学生にとって生きた授業になることもあります。 

昔は、一流大学の教授がテレビに出る事はよくないことだと非難され、テレビに頻繁に出る教授は二流教授のレッテルを貼られました。しかし、テレビが大きな影響力を持つ事が知られる様になって、一般市民の見方が逆転し、テレビにでるのが偉い学者で、出ない教授は二流とみられてしまうようになったのです。大学としては、マスコミで知名度の高い教授を採用することは、大学の広告塔として高校からの受験者数を増やすのに大変有効な手段といっている大学もあります。事実、某私立大学では、教授のテレビ出演の回数が増えたことにより、翌年にはその大学の受験者数が前年の1.5倍に増えたそうです。

たとえその人が専門馬鹿で社会常識に疎いとしても、大学の中では優秀な教授として通用するのです。この様なタレント教授は学生の人気は抜群です。こうした「タレント教授」といわれる教授の数は、全国の大学教授の総数からみたら微々たるものですが、テレビを通じて社会へ与える影響は極めて大きいのです。これら教授たちが大学教授を代表する顔ではありません。

まして、これらの教授が研究の上で優れた業績を挙げているかといわれたら、いろいろと評価が分かれるところです。テレビでは発言の内容よりも、だれが発言したかに多くの関心が集まります。「あの有名教授の話だから間違いない」ということが少なくないのです。たとえそれが専門家の間ではかなりマユツバな事でも、視聴者はそれを信じ込みます

テレビの知識は専門家の間で広く受け入れられていると思われがちですが、実はかなり極端な意見や、偏った事を述べている場合が少なくない。ところが視聴者は一般的な意見として受け止めるから、気がつかないことが多い。人気のある教授が学問の上で優れているとは限りません。知識が豊富な人が優れた人と考えられ易いですが、知識が豊富ということは、単なる物知りに過ぎない場合もあります。自戒をこめていうならば、世の中が求めている大学教授は、知識の多い人ではなく知性にすぐれた人でなければならないのです。

第4話 テレビでみる怪しい健康発言

最近テレビの健康番組に大学教授という肩書の人々が多く出演し、さまざまな意見を述べています。視聴者の多くは素人ですので、その内容を100パーセント信じ込み、家族や友人にそれを伝えます。インターネットで瞬時に世界中に交信できるこの時代に、テレビの耳新しい情報はまたたく間に全国に広がります。その結果、テレビの中で健康によいといわれた品物は、数時間のうちにスーパーの棚から消え、店はその対応に追われます。テレビ局は「いかにして視聴率をあげるか」が至上命令です。したがって、「視聴率さえかせげれば何をやってもよい」という雰囲気が生まれ、その結果、やらせが横行し、視聴者に見破られない様に物語を巧妙に作り上げます。

健康番組以外に娯楽番組の中でも、「医学博士」や「○○大学教授」という人々が健康情報を語っています。番組のスタッフがその内容を検証することは殆どないでしょうから、番組の中では権威者のいうままに放映されます。したがって、その内容にウソがあっても、それはテレビ局の落ち度ではなく、偉い先生の責任です。ご記憶の人も多いと思いますが、かつてNHKで放映された「納豆ダイエット」の番組がありました。納豆を食べるとダイエットに効くということで、その動物実験のデータなどを紹介しました。翌日はスーパーの店頭から納豆が姿を消したという騒動です。しかし、間もなくそれはねつ造だった事が判明しました。視聴率をとるための現場担当者のプレッシャーの落ち着く先がこういう結果になったのです。

健康になりたいばっかりに健康食品を食べて、その副作用で病院にかつぎ込まれたり、最悪の場合は死亡することがあります。初めて新しい健康食品を食べたり、飲んだりして、少しでも体調が変だと思ったら直ぐ中止することが肝要です。食品も添加物も同じですが、身体に害を及ぼすためには、それなりの量が必要です。昔「魚の焼き焦げを食べると癌になる」ということが発表されました。確かに魚の焼きこげの中には発癌性物質が含まれています。

この発表を聞いた視聴者は非常に不安になりました。しかし、居酒屋で焼いたさんまを一匹食べて癌になるでしょうか。しかも、一般には、正常な細胞が癌になるためには20年かかります。実験室での結果をいきなり人に当てはめると大変な誤りをおかすことがあります。何故か。

その理由は、試験管の中には解毒の仕組みがないが、身体の中には強力な仕組みが備わっているからです。試験管内の実験結果と、身体の中の反応とは同じではないのです。これもテレビ情報の弊害です。毒性が出るか出ないかは、体内に入った量により決まるのです。少量で大丈夫でも何十倍も食べると毒性が出る例は多く知られています。薬がよい例です。病院で貰った薬を、もっと効き目を高めようとして決められた量以上に飲むと、効果は同じで毒性だけが大きく出ます。

お茶に含まれるカテキンが、体内で体脂肪の蓄積を抑えるとのことで特定保健用食品として売り出されています。一方では、カテキンを実験用ネズミに投与したら発癌性がみられたとの報告もあります。しかし、発癌性の試験に使った量は、普通家庭で飲むお茶の40倍も濃いものです。したがって、普通にお茶を飲んだからといってすぐに癌が出来るわけではありません。

サンマとカテキンの例から分かる様に、毒性は量によって決まるのです。薬の副作用も同じです。決められた量を越えて飲むと危険な状態になることがあります。健康番組に出演している専門家は、量を全く無視して、「この物質は危険です」、或は「この食品は健康によいです」といいます。これを見た視聴者は何もかも危ないもの、逆に、必ず身体によいものと受け止めます。テレビで、「この食品は血圧を下げます」といっても、それが動物実験や試験管内での結果だったら、人でも同じという保証はありません。

医薬品の場合は、患者を用いた臨床試験の結果に基づいて厚労省が承認しますので、その薬の効き目や副作用を示す量が決められています。しかし、一般の健康食品の場合は、患者を対象にした試験は義務づけられていません。つまり、業者が勝手に広告を出して宣伝することが出来るのです。ただし、「○○の病気に効く」と表示したら、薬事法違反ですので、業者は巧妙な表現でそれを宣伝するのです。テレビでの宣伝や健康番組の中で、健康食品が「身体によい」、「身体の不調が治った」などの説明があったとしても、それは動物での試験かもしれません。その情報を信じて飲んで何も効かなかった場合、それを購入した金銭的な損だけで済みますが、それを飲んで身体を壊したり、具合が悪くなったりしたら取り返しがつかない損失です。健康番組の中の情報には直ぐに飛びつかない方が賢明です。

第5話 酒に飲みこまれた教授

大学にもいじめがある。ある日、40歳を過ぎた助手が教授に呼びつけられて、「君のポストは当分ないから、身の振り方を考えた方がいいと思うよ」といわれたら、その夜は学生を連れて居酒屋でつぶれるまで飲み明かすに違いありません。教授にうまくとり入ってぬくぬくと暮らす要領のよい助手もいれば、常に教授に逆らって正論を主張する助手もいます。法律上は別として、教授は実質的な人事権を持っていますので、どちらの助手をよしとするかは教授の胸三寸です。

ところで、酒を飲んで人格が変わるのは世の東西を問わず見かけられますが、大学の教員とて例外ではありません。研究に行き詰まった時や、上司に怒られたときなどストレスを発散する場として居酒屋は最適です。酒癖が悪い人が他人に迷惑をかけるのは、本来一人になったときに出るべき癖が、我慢しきれなくなって人前で出てしまう事です。いい気分になると、本人は酒で頭が麻痺しているので解放された気分になり、我慢出来ない状態になります。本人の知らない間に口や手足が勝手に動き出す。怒り上戸、からみ上戸、泣き上戸、笑い上戸など、どれもが酒のために精神状態が一時的に異常になったためです。

ここではどこの大学でも見られる酒乱教授を紹介しましょう。彼はだれもが高く評価する優れた研究者です。普段は極めて謙虚で口数も少なく、教育に熱心なので学生の信望も厚かった。しかし、一度酒が入り、ある限度を越すと、突如普段の彼からは考えられない人格に変わるのです。目つきがうつろになり、周囲の仲間に当たり散らし、怒鳴りつけ、説教をする。そして散々暴れると突然爆睡に入る。そこでやっとその場は平和に戻る。毎度一緒に飲んでいる連中はこのパターンをよく知っているので、倒れるまでじっと我慢してつき合う。

アルコールの毒性は、最初は脳の思考回路が侵され、その後、だんだんに手足が効かなくなります。一気飲みのように、本人がほとんど意識ないのに無理やり酒を飲ませると、ついには脳の中の呼吸をつかさどる場所が麻痺して呼吸が出来なくなり、心肺停止状態で危篤状態になる。一気飲みは非常に危険な行為なので決してすべきではない。我が愛する先生の言動は、正にアルコール急性中毒の症状を絵に描いたようなものだった。彼と酒を飲んだ時には、目つきが険悪になり始めると、周囲の仲間は目配せしてそれまで以上に速いピッチで酒を勧め、早く眠るように画策する。「わんこそば」状態で、コップの中の酒がなくなると、間髪を入れず競って酒を注いだ。しかし、この作戦も時には失敗した。眠りかけていた本人が突然目を開いてわけのわからないことを言い始める。この状態になると最早足腰が立たず、店が閉まる頃には、両脇を友人や学生に抱きかかえられて居酒屋を出る。しかし、大柄の彼を支えるのは並大抵の力ではない。少しでも力を緩めると、道端でもお構いなく横になって爆睡した。

この状態になると、一人、二人と「終電ですから」といってその場を離れる。残された学生たちは、いつも通り奥さんに電話を入れる。「先生が寝ていますので迎えにきて下さい」。「いつもすみませんね。すぐ行きますから」。しばらくすると奥さんが車で迎えにくる。マグロ状態の本人を車に積んであたふたとその場を去る。家に着いた頃には正気に覚めた彼が、奥さんにどの様な裁きを受けたかは想像に難くない。翌朝、彼は何事もなかった様に「お早うございます」と研究室に入る。特に他人に危害を加えたわけでもないので、周囲の皆さんはいつも通りの仕事に入る。そして、彼は実直な研究者の姿に戻った。

第6話 臨床医の苦悩

誰でも例外なくいつかは人生の終焉を迎えます。それには、自然死があり不幸にして自死の人もいます。多くの臨終に立ち会った私の友人の医師は、その時の心情を語ってくれました。特に救命救急で患者が救急車で運ばれてきたとき、救急医は心臓マッサージや人工呼吸などで生命の維持を努めます。しかし不幸にして意識が戻らない事がはっきりしても、人工呼吸器を勝手に外す事は出来ません。 あなたは安楽死と尊厳死の区別をご存じですか。

最近これらが倫理的な問題として新聞でとり上げられています。この二つは似ていますが、死に至る経過は明らかに違います。安楽死とは、末期がんなどの患者が、その激痛に絶えられなくて、医師に早く「楽にしてくれ」と言った場合、患者の求めに応じて、医師が積極的手段で患者を死に至らせることです。したがって、患者や家族との意思疎通がうまくいかないと、殺人罪になり訴えられます。

平成7年に某大学病院で医師が訴えられました。このケースは、患者が「薬で身体を楽にして欲しい」というつもりで「楽にして欲しい」と言ったのを、医師は「安楽死をお願いします」と解釈して大量の塩化カリウム液を注射し心臓が止まった例です。これにより、医師は懲役2年執行猶予2年の有罪が確定しました。しかし、高裁において、安楽死に必要な四つの条件のうち2条件は満たされていないとして情状酌量され最終的に執行猶予となりました。アメリカ、オランダ、スイスなどの国々では、末期がんなどで多大な苦痛を伴う患者が希望した場合、薬による安楽死が法律で認められています。しかし、日本では安楽死は認められていませんので、上記の様な患者の例は殺人罪として遺族から訴えられることになります。

薬以外の手段としては、自分で呼吸ができない患者に取り付けている人工呼吸器を、家族が「楽にして欲しい」と言ったときに、人工呼吸器を外すことです。これは「積極的な安楽死」といいます。それに対して、救急室に担ぎ込まれた時から心肺停止状態で、その他の徴候から正常に回復するのが無理と医師が判断して、人工呼吸器を取り付けないことがあります。これは、無意味な延命治療、努力をしないで死に致しめることもので「消極的な安楽死」といいます。我が国では、積極的安楽死は法律にふれますが、消極的安楽死は、後述の尊厳死と同じ解釈で罪にはなりません。

一方、尊厳死とは、末期がんで激痛を伴う患者の中には、無意味な延命行為を望まない患者がいます。これらの患者は、抗癌剤や放射線療法などの積極的な治療を行なわずに、ホスピスなどに入院して、少量のモルヒネで痛みだけを取り除く療法を続ける事を希望します。ホスピスでは、人生の質、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を向上することに主眼が置かれ、医療的処置(緩和医療)に加え、精神的側面を重視した総合的な措置により最期の時を過ごすための医療です。これを「終末期医療」といいます。日本では、国の諮問機関である日本学術会議が定める一定の条件下で尊厳死を認めています。

医師は、高齢者の病気は通常或る程度延命はできても、完全に癒すのは難しい事を経験的に知っています。場合によっては、延命の努力はむしろ高齢者にとって苦痛な場合もあります。人生の最後をどこで迎えたいか、多くの調査によると、7-8割の人が畳の上で家族に見守られて往生するのが最も幸せな最期と考えられています。しかし、実際は8割が病院で亡くなっています。これは、核家族化、家庭介護能力の低下、生命維持技術の発達などにその原因があるのです。だれでも住み慣れた自宅で、親しい人たちに囲まれての大往生はだれでも望むところです。もし本人が希望し家族も同意するならば、担当医にその旨をはっきり伝えることが必要です。医師は患者の死亡診断書を書く義務がありますが、病院にしばりつける権利はありません。自宅で最期の時を迎えるのは患者や家族の判断で決まることです。

第7話 捏造事件と報道合戦

とんでもない捏造事件が報じられた。大胆にも山中教授のノーベル賞受賞に便乗したものです。それは2012年10月10日の読売新聞朝刊から始まった。森口尚史氏の説明によると、心臓疾患の患者6人に人の肝臓から作ったiPS細胞を移植して、患者は全員順調に回復しているとの事だ。しかし,その後読売新聞では森口氏に4日間にわたり取材し、その上、彼が在籍していたというハーバード大や手術を行ったとされたマサチューセッツ総合病院などにも確認しました。その結果、それまで読売新聞に掲載した7本の記事のうち6本は、本人の「捏造」による「誤報」だったことが判明した。

10月10日の読売新聞の大スクープの見出しは、「iPS心筋移植、初の臨床応用、ハーバード大日本人研究者」だった。これには、日本人が容易に引っかかり易い二つの落とし穴があります。一つは「iPS細胞」で、10月8日の山中教授のノーベル賞受賞題目の「iPS細胞」が日本人の脳に強烈に残っていたこと。二つ目は、「ハーバード大」です。ハーバード大は米国東海岸のボストン市内にあり、米国で最も古い、最も権威ある大学として世界的に知られており、日本からも多くの研究者が留学しています。森口氏のポスター発表の所属がハーバード大だった事から、取材記者はその発表内容が決して間違いないという先入観に惑わされたことです。

今回の読売新聞の失態の原因を追究した結果、誤報の原因はデスクと取材記者との意思疎通によることがわかりました。取材記者は、森口氏の発表について「動物実験の論文が未公表」、「世界的大ニュースがポスター発表にとどまるのは不自然」など6点の疑問をデスクにメールで報告しました。しかし、デスクはこれらのすべてについて確認取材が終わったものと解釈してとくにコメントはしなかった。報道に関係のない素人から見ても、今回の様な世界的大ニュースの場合、その確認、裏付けは新聞社にとっては常識と思われますが、今回は特ダネ競争の焦りがその原因となり、その上社内の手違いも含めて大失態を演じたのだ。

例えば、「100メートルを5秒で走った」という情報があったら記者は信用しないでしょうが、「9秒で走った」となると、ひょっとしてウサイン・ボルトの9秒63を破る世界記録が出たかと思う人もいるでしょう。その場合、報道記者は彼が日頃どの様な練習しているかを家族や友人に確認した上で記事化する筈です。練習した姿を見た事がないとか、スポーツはしていないという返事だったらその情報は誤報として記事にしないのが常識だ。森口氏の捏造事件もその程度の幼稚なものです。ハーバード大やマサチューセッツ総合病院、あるいはポスター発表の連名者に確認することで、簡単に結論が出た筈です。

もう一つ疑問なのは、森口氏はそれがばれたときには自分の研究者生命が閉ざされる事を知りながら、なぜこの様な確信犯的自爆行為をしたのか。それは、彼の虚栄心と異常ともいえるプライドがさせた事かもしれない。森口氏が論文を掲載したとする「ネーチャー」誌は自然科学分野では最高レベルの専門誌で、審査が厳しく投稿論文の2-3割しか採用されない。しかし、森口氏が投稿した論文誌は「ネーチャー」ではなく「ネイチャー・プロトコルズ」で、これは研究者同士の情報交換に使われるもので無審査です。さらにお粗末なのは、新聞社がよく調査したら、投稿した事も虚偽だったことはわかった。つまり、投稿もしていなかったのです。

また、森口氏の肩書きについてもほとんどがウソだった事が判明した。本人はポスター発表の際に「ハーバード大客員講師」と言っていた。しかし、同大は、森口氏が「客員講師」だった記録はなく、同大学の関連病院であるマサチューセッツ総合病院に1999年に1か月間だけ「客員研究員」として所属していたと報じました。しかもその間は研究した記録は殆どないという。マサチューセッツ総合病院側が彼の存在を否定した途端に、彼は実はその病院ではなくボストン市内の他の病院と訂正した。ここまで来たら、だれが彼の言い分を信用するだろうか。

森口氏のポスター発表についても疑念がもたれる。国際会議のみならず国内の学術集会でも、最も重要な研究は、招待講演、特別講演などの形で1時間程度参加者全員に対して講演する。その次に重要な発表は、一般参加者の中で優秀な研究内容は、「口頭発表」として10-15分間壇上でスライドを使って発表します。研究内容が口頭発表のレベルに達しないものがポスター発表となる。ポスター発表では、決められた大きさ(通常横1メートル縦1-2メートル)の上質紙に、実験目的、実験結果、考察、結論などを印刷して、それを番号順に決められた場所の掲示板に張って一定時間発表者がその前で説明する事が義務づけられています。ポスター発表は、広いスペースにボードを立てて何十、何百の研究報告をいっぺんに行うことが可能なので、講演申し込みが多いときには国内、国外の会議で通常広く用いられている方法です。

森口氏の場合、世界中の関心の的であるiPS細胞の臨床応用の発表が、ポスター発表というのは通常ではありえない。彼は午前10時15分から30分程度、ポスターの前で参加者らに直接説明することになっていた。しかし、正午を過ぎても姿を現さなかった。一方、同学会を主催する「ニューヨーク幹細胞財団」はハーバード大からの情報に基づいて、「森口尚史氏のポスター発表内容には疑問がある」としてポスターを撤去した。何故彼は姿を見せなかったか。常識的に考えるならば、世界で初めてiPS細胞を臨床応用した発表だったら、世界中のマスコミが殺到し、その中で森口氏が堂々と質問を受け答えるのが常識だ。

しかし、もし彼がポスターの前で質疑応答に応じたら、10分もしない内にその内容が捏造である事がばれるのを予想していたからだ。いうまでもなく、そこに参加している人々は、iPSの専門家でしかも医師が多い。医師でもなく、単に手術を見学しただけの森口氏が、手術について詳細な質問に答えられるわけがない。まして、iPS細胞について殆ど研究の経験のない森口氏が、専門家と討論することが無理な事は誰よりも本人がよく知っていた筈です。ちなみに、山中教授の片腕としてiPS細胞の作製に関わった高橋和利博士は、この会議で主催団体のニューヨーク幹細胞基金からロバートソン賞を受賞した。高橋博士も森口氏のポスターの場所に行ったはずです。

朝日新聞は、森口氏がマスコミに今回の情報を売り込みにきた際に、「世界初の業績を国際会議のポスターで発表するのは不自然」とし、その上、「実験施設や共同研究者に関する説明があいまい」、「iPS研究の国際的水準から見て臨床応用に成功したとの説明は不合理」、などの理由から信頼性が低いと結論し、記事化をしなかった。報道側としては正しい判断だった。一方、捏造記事を採り上げた読売新聞は、10月16日朝刊の一面全部を使って検証記事を掲載し、社内の責任者の処罰も含めて本件の収束を宣言しました。

科学の世界では小さい捏造は珍しくない。専門誌に掲載された論文を取り下げたり、訂正したりする事も過去にもあります。事実、巧妙な捏造は科学者同士でも判らない。しかし、今回の捏造事件は手口としてはあきれるほど幼稚だった。それに飛びついた読売新聞や、配信した日本テレビ、共同通信などの醜態は、最先端の科学に関する情報の取り扱い方に大きな警鐘を鳴らした。

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