美術館訪問記 No.6 サンセポルクロ市立美術館

戻る

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

ピエロ・デッラ・フランチェスカ作
「聖母子と4天使」
スターリング・アンド・フランシーヌ・クラーク美術館蔵

ピエロ・デッラ・フランチェスカ作
「フェデリコ・ダ・モンテフェルトロとその妻」
ウフィツィ美術館蔵

サンセポルクロ市立美術館

ピエロ・デッラ・フランチェスカ作
多翼祭壇画「慈悲の聖母」

ピエロ・デッラ・フランチェスカ作
「慈悲の聖母」

ピエロ・デッラ・フランチェスカ作
「キリストの復活」

スターリング・アンド・フランシーヌ・クラーク美術館では、もう一つ素晴らしい絵に出会いました。

大理石の円柱の立つ宮廷の一部屋らしい所で、4人の女性に囲まれて玉座に座る、幼子キリストを抱いた聖母の絵。
4人の女性は女官のような飾りの無い服装で聖母子を中心とした正方形の各頂点に立っている。手前の2人は素足。よく見ると皆、背中に羽が生えている。つまり4天使に囲まれた聖母子像。6人共硬い表情をしている。

マリアとその左に立つ天使は全身を覆う黒いガウンを着ており、僅かに薄赤色の衣装がマリアの胸元、右手首、足元から覗いている。 マリアの左手の一人は黒色、右手の一人は灰色、もう一人はくすんだ白色の服を着ている。一人は両手を腰に当て、もう一人は両腕を組んでいる。全体が沈んだ色調と静止。

一人マリアの左手、画面の右端に立つ天使だけが、薄赤色の服をまとい、右手を上げてキリストを指しているが、身体は真横を向き、顔は斜め45度の角度で画目の外側を向いている。6人とも違った方向を向き、視線が交わることはない。

まるで時が凍結したような静謐な雰囲気を醸し出している。静ではあるが、観る者の想像をかきたてる物語性を秘めている。雄弁なる沈黙とでも言えましょう。

作者はピエロ・デッラ・フランチェスカ。

フィレンツェのウフィツィ美術館で特徴ある鉤鼻をした「フェデリコ・ダ・モンテフェルトロとその妻」の肖像画を、お互いに向き合うプロファイルで見た記憶はありましたが、このような素晴しい絵を描く画家だったとは。

1422年生まれと、これまで採り上げてきた画家の中では一番古い。死後忘れ去られ、印象派以降再評価された画家です。そのためか、残された作品はそれほど多くなく、世界20箇所にしか残っていません。アメリカにはあのメトロポリタンやワシントン・ナショナル・ギャラリーにもないのです。

ピエロはイタリア、ウンブリア地方の地元で修業した後、フィレンツェに出、ドメニコ・ヴェネツィアーノに師事。明瞭な色彩、量感に富む人体の描写、簡潔な画面構成と遠近法に基づいた緊密な建物や風景の背景描写で初期ルネサンスを代表する巨匠と見做されています。

弟子にはペルジーノ、メロッツォ・ダ・フォルリ、ルカ・シニョレッリなど後世に名を残す名手を輩出しました。 また「算術概論」、「絵画の遠近法」、「五つの正多面体論」の3冊を残すなど、画家だけでなく、数学者、建築家と多彩な才能の持ち主でした。

彼の故郷はフィレンツェから100km程東南東にあるサンセポルクロ。そこの市立美術館には大作多翼祭壇画「慈悲の聖母」、円熟期の傑作「キリストの復活」等4作があります。「絵画の君主」といわれるピエロの面目躍如と言える素晴しい作品でした。

「慈悲の聖母」は実に3段、23面からなる、大多翼祭壇画です。

中央最上段に磔刑のキリスト、中央の最大パネルには両腕を左右に広げた聖母マリアが、その衣の下に聖母から見て、右に男性4人左に女性4人の様々な職業、階級の信者達を抱え込む、慈悲の聖母を配しています。金地の背景、信者達に比べて巨大な聖母とまだ中世の名残を留めています。

円と直線からなる全体の構造、シンメトリーな人物配置、聖母の両手、マント、衣服、信者の衣服の安定した三角形、王冠の円錐形、後光の楕円形、顔の卵形にピエロの幾何学形態への興味が窺えます。

明るく鮮烈な色面と詩情を湛えた描写。どの登場人物も、視線が交わることはありません。多翼祭壇画はルネサンス期に多く制作され、 両翼は通常折り畳める扉のようになっています。 最下段の横長な部分はプレデッラと呼ばれ、本体とは別の画家や弟子が描く事が多かった。 細密描写を得意とするプレデッラ専門の画家もいました。この作品の場合も明らかな別人の作で左から、「ゲッセマネの祈り」「笞打ち」 「キリストの埋葬」「ノリメタンゲレ」「復活後の墓地訪問」と並んでいます。

「キリストの復活」は、当時はサンセポルクロの市庁舎であった建物の壁に直接描かれたフレスコ画。その市庁舎が今は美術館になっています。サンセポルクロがイタリア語で「聖なる墓」を意味し、まさに市のアイデンティティを象徴する絵画として描かれたのです。

キリストは左足を墓の縁に置き、右手に復活の象徴である赤十字の旗を持ち、胸を張って仁王立ちしている。力強い量感のある絵で一度見たら忘れられません。
背後の左手には枯れ木を、右手には生い茂る緑樹を配し、キリストの復活と同時にサンセポルクロの街の再生を象徴しているかのよう。

「キリストの復活」をイギリスの作家オルダス・ハックスリーは「世界で最も素晴らしい絵」と評しました。
この絵を惜しむが故に、第二次大戦中、連合軍はサンセポルクロへの砲撃を差し控えたといわれます。その時の連合軍の将校はイギリス人で、同じイギリス人のハックスリーの言葉を思い出したのだとか。

一枚の絵が多くの住民の生命と財産を守ったのです。

注:

「慈悲の聖母」のマントの下で顔をこちらに向けてマリアを見上げる男性と、「キリストの復活」で顔をこちらに向けて眠る男性は同一人物で、ピエロの自画像といわれる。

美術館訪問記 No.7 はこちら

戻る